論文紹介

研究代表者 杉本慶子 所 属 理化学研究所植物科学研究センター
著 者 Takashi Ishida, Sumiko Adachi, Mika Yoshimura, Kohei Shimizu, Masaaki Umeda, Keiko Sugimoto.
(石田喬志、安達澄子、吉村美香、清水皓平、梅田正明、杉本慶子)
論文題目 Auxin modulates the transition from the mitotic cycle to the endocycle in Arabidopsis.
(オーキシンはシロイナズナの細胞分裂周期から核内倍加周期への移行を調節する。)
発表誌 Development・ in press・2009
要 旨  核内倍加周期の開始に伴って起きる染色体DNAの増幅現象は、動物・植物に限らず広く発生段階における細胞分化の指標とされる。多細胞生物における細胞分裂周期から核内倍加周期への移行のタイミングは何らかの発生シグナルによって制御されていると考えられているが、この過程に関与する分子機構には明らかでない部分が多い。今回の論文では植物ホルモンの一種であるオーキシンが、細胞分裂周期から核内倍加周期への移行過程を調節するというこれまで知られていなかった新規の生理的作用を持つことを報告した。シロイナズナの子葉や培養細胞ではTIR1-AUX/IAA-ARF依存的なオーキシンシグナルのレベルが高いと核内倍加が抑制され、その結果細胞分裂活性が維持される。一方、こうしたオーキシンシグナルレベルが低下すると核内倍加周期への移行が促進され、核相の上昇が始まる。さらに、発生レベルで細胞周期の移行が起こることが知られているシロイナズナの根端メリステムにおいても同様のオーキシン濃度依存的な制御が存在することを解明した。根端メリステムでは細胞周期の移行のタイミングはメリステム細胞が増殖を止め、細胞の伸長生長を伴った最終的な分化を開始する時期と密接にリンクしている。私達はオーキシンシグナル阻害剤であるPEO-IAAを用いてオーキシンのシグナルレベルを低下させると、いくつかの細胞周期遺伝子の発現量が急激に減少することを見いだした。またこのうちの一つの遺伝子であるサイクリンA2;3を一過的に過剰発現することによって、低オーキシンシグナル条件下で通常より早く誘導されてしまう細胞分化を部分的に遅延出来ることが分かった。これらの結果は、オーキシン濃度依存的に引き起こされる細胞分裂周期から核内倍加周期への移行過程が、シロイナズナの根端メリステムで細胞の増殖と分化のバランスを司る発生プログラムの一部である可能性を示唆している。
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図1 オーキシンのシグナル伝達に異常を持つ変異体では細胞分裂活性が低下し、核内倍加周期の進行が昂進される。
フローサイトメトリによる解析から、オーキシンシグナル変異体bdl, axr2-1, axr3-1 では2C, 4Cのピーク(青色)が減少し、32C, 64C, 128C, 258Cのピーク(赤色)が増大することが分かる。
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図2 シロイナズナの根端メリステムでオーキシンの濃度依存的に核内倍加周期への移行が誘導されることを示すモデル図。
根端メリステム細胞のように比較的高い濃度のオーキシンが存在する細胞では細胞分裂周期 (mitotic cell cycle) が維持される。根端メリステム近傍にはオーキシン濃度に勾配がみられると予想されており、根端から遠いオーキシン濃度が低下した細胞では核内倍加周期 (endocycle) への移行が促進される。
研究室HP http://labs.psc.riken.jp/cfru/